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家庭の医学辞典

歯の健康管理

現代生活と歯




咬まない・咬めない・飲み込めない

つい先日、奥様が保母さんをしているという歯医者さんから、こんなお話を間きました。
「給食にキンピラゴボウが出ると、まったく手をつけない子どもが大勢いる。 どうも咬めないらしいと家内がいうんだ。繊維質の多いホウレン草だと、 軟らかい部分だけ食べて繊維の部分を吐きだしているというんだ。これは大変な問題だぞ!」
実際、保育園や幼稚園の保母さんたちから、咬めない子どもや、 咬むのが下手な子どもがふえてきているという訴えを最近よく耳にします。 また、そうしたことに関する本が数多く出版されるようになってきたことを見ても、 むし歯以外に大きな問題が今の子どもたちにふりかかってきているようです。
ちなみに、TBSテレビが関東1都6県で行なった「咬めない子」実態調査によると、 1歳から5歳までの保育園児3万9776人のうち、「硬いものを咬めない子ども」が527人、 「咬むことが下手な子ども」が100人に1人強もいることがわかったのです。その中には、 「12歳になってもプリンや菓子パン、ジュース類しか食べられない」 という子どもさえいたと報告されていました。
「咬む」という行動は、人間が動物としてもっている本能的な能力であるはずです。 「咬めない」ということは、人間以外の動物では「死」を意味します。いったいなぜ、 このような現象が出てきたのでしょうか。



咬むことが少なくなった


現代は「飽食の時代」といわれ、やたらに「グルメ情報」が氾濫しています。それとともに、 日本人の健康にも様々な問題が発生しているのをみなさんはご存じでしょうか。
アメリカナイズされたファーストフーズ店があちらこちらにできて、 外食の機会が多くなりました。また、冷凍・加工・インスタント食品の大量消費など、 家庭での手づくり料理が著しく減少し、日本の伝統的な料理はいつしか忘れ去られようとしています。 昔とは比較にならないほど急激に、食文化が変化してきているのです。
食べ物が豊かになるとともに、私たちは好きなときに、好きなものを、 好きなだけ自由に選んで食べることができるようになりました。 第二次世界大戦前後の食糧事情が極端に悪かった時代をすごした大人たちにとっては、 なるほどよき時代がきたといえるのかもしれません。しかし、このことが同時に、 重大な問題をひき起こしているのです。現代食品、特に加工食品には、 カロリーが十分であっても栄養のバランスが悪いものも多く、自然食品にくらべて極端に軟らかいために、「咬む」必要性が少なくなってきています。
今の子どもたちは、スナック菓子やインスタントラーメンなどをおやつとして食べ 食事でもハンバーグ、カレーライス、スパゲティ、 ヤキソバといったような軟らかいものばかりを好む傾向にあります。 しかも、それらが食品として大量消費されているのが何とも気がかりなところです。


咬めない子どもたちの異常

厚生省の昭和60年度「乳幼児栄養調査」によって、食べ物をうまく咬めない乳幼児の実態がいっそう明らかになりました。これによると、4歳~4歳半の子どものうち、「よく咬まずに丸飲みする」子が12%、「咬んでも飲みこめない」が6%、「硬いものが咬めない」が3%。そのせいか、「どちらかというと軟らかなものを多く食べさせている」という親が50%もいるというのです。

これについて、東京歯科大学小児歯科学教室の町田幸雄教授は、「最近の子どもの歯の悪さを知る者にとっては、なるほどな、というデータ。軟らかいものばかりを食べていると、あごやあごの筋肉が十分発育せず、咬めない子どもになってしまう。そればかりか、永久歯がはえるときに場所がたりず、歯並びが悪くなる。最近は、乳幼児のむし歯はへったが、歯並びや咬み合わせの悪い子や、昔は見なかった歯ぐきの病気などが目立つようになった」と述べています。
軟食文化の影響で、現代人のあごは、きゃしゃになりつつあるのだそうです。こうしたあごの退化の原因を「軟らかい食品がふえ、ものを咬む力が少なくてすむため」と分析するのは、日本大学松戸歯学部の田村豊幸教授。
さらにもっとこわい説が、最近の歯科界で大きな波紋を投げかけています。
「あごの発育が悪く、歯並びのよくない子どもは、そのストレスが原因で様々な病気をひき起こす。そればかりか、咬まないために知能の発達が鈍化し、学校ではいじめられっ子になる」-「風が吹けば桶屋が儲かる」式の三段論法ですが、この説の提唱者である日本歯科大学小児歯科学教室の荻原和彦助教授が、これを次のように説明しています。
「昔は、子どもの歯が悪いといえば、“むし歯”が主役でした。最近は“歯並びの悪さ”がそれにとってかわり、いろいろな新しい問題をひき起こしているのです。歯並びの悪さ、つまり不正咬合がストレスになって、子どもの鼻づまり、頭痛、肩こり、目まいなどの原因となる。これが、ひいては子どもを引っこみ思案にし、すべての面で消極的になり、いじめられることにもつながっていくのです」
「咬まない」ことは、あごの退化や不正咬合といった問題だけにとどまらず、大きな社会問題をもはらんでいるような気がします。



現代食品への警告


『かめない子がふえている』という、「食べもの文化研究会」 編の単行本が2年ほど前に出版されました。その編集長、安藤節子さんは、 「どうもこの問題の元凶は加工食品の大量消費にあるのではないか」という疑問を投げかけています。
さらに、「きちんとした食生活をしている子どもほど、いじめっ子や情緒不安定児も少ない」 という調査結果が、昭和61年日本栄養改善学会で発表されています。 この研究を10年間にわたって行なってこられた福山市立女子短期大学の鈴木雅子教授は、 昭和40年代後半から多発してきた子どもたちのいじめや自殺などが、 食生活の変化と関係があるのではないかとの考えから、中学生を対象に、 食生活の実態調査とあわせて、健康、生活、いじめについても調査し、次のように述べています。
「インスタントラーメンや缶ジュースなどの加工食品を多く摂取する子どもほど、 心身が不安定で、いじめに走る傾向がある。イライラする、すぐカッとなる、 根気なく飽きっぼい、自殺したいと思ったことがある、といった情緒不安定児は、 食生活のバランスが悪い子どもほど多かった」と。
「咬まずに食べられる加工食品」「栄養バランスの悪い現代食品」の氾濫は、 もはや歯科的問題を越えた重大な社会的問題になりつつあるようです。


咬めば咬むほど頭脳が発達

ここで、軟らかい食べ物ばかりを食べていたら、発育期の子どもに大きな影響が出てくるのでは、 というその可能性を裏づける実験データを紹介しましょう。
朝日大学歯学部口腔生理学の船越正也教授の研究によれば、 「咬むことと脳の働きは深く結びついていることが明らかになってきた」というのです。 どんな実験かといいますと、硬い固形食とこれを砕いて食べやすくした粉食で飼育した 2グループの子ネズミを使って、その「学習能力」と「知能」の差を調べてみたというものです。 驚いたことに、硬い固形食を与えられたグループは、粉食グループにくらべて20%も学習能力が高く、 また知能を調べる「迷路テスト」でも、固形食グループの成績がよい、との結果が出たのです。 船越教授は、「結果を直接人間にあてはめるのは危険ですが、 発育期に軟らかいものばかりを食べていると、硬いものを食べている子どもより能力の低い子どもになる、 といえるかもしれない」と解説しています。 「軟食時代」を警告するデータと理解してよいのではないでしょうか。


寿命が延びても歯は短命に

戦後、日本人の平均寿命は著しく延び、今や世界の長寿国となりました。しかし、 それに反して歯の寿命は近年その延びがとまり、むしろ短くなる傾向にあります。 この原因についてはいろいろ考えられますが、最大の原因は、現代食品による口腔の汚染があげられます。 さらに、あまり咬む必要のない軟らかい食品を好むようになった結果、あごが退化して歯とあごの不調和が不正咬合を生じ、 そのために口腔の清帰状態が悪化して、むし歯や歯槽膿漏が以前とは違った形で発生しているものと考えられます。 こうした病気になると、咬む能力がさらに低下するので、いっそう軟らかい食べ物を好むようになるという悪循環が生じてしまいます。 これらの病気以外にも、現代の食べ物がいろいろな意味で子どもたちの心身をむしばんでいるということは、 実に憂うべきことだといわなければなりません。



咬むことの大切さ

「咬む」ことは、体内に栄養をとり入れるための第一段階です。よく咬めば咬むほど消化酵素を含む唾液が出てきて、 栄養は効率よく消化吸収され、その結果、胃腸の負担が軽くなり便の出もよくなります。 「快食快便」とは、まさにこのことを意味しています。
しかし、これだけの目的ならば、軟性食品だけでもそれほど不都合もないことになりますが、 咬むことによってあごやあごの筋肉を発達させるためには、どうしても「硬さ」が必要になってきます。
本来、日本人はしっかりしたあごをもっていた民族です。元来、歯ざわりとか歯ごたえを大事にしてきたのですが、 あまりにも食生活を変化させてしまったために、最近では意識的に硬いものをとらなければならなくなってしまいました。
硬さというものは、栄養そのものとは関係ありませんが、あごの骨や筋肉の成長や発達ときわめて密接な関係にあります。 あごの骨と歯とは、機能的には一緒に働いているわけです。歯だけがいくらよくても、骨の成長がうまくともなわないと、 十分な機能をはたすことができません。ですから、ある程度以上の硬さをもった食品をよく咬んで食べ、 あごの骨と筋肉の発達をうながさないと、健全な咀嚼器官が育成されないことになるわけです。
また、咬む運動は、多くの脳神経が関与して行なわれるものであるため、非常によい刺激運動であると考えられます。 外人野球選手が、よくガムを咬みながらブレーしているのも、そんなことからきているようです。 ものを咬むと、あごが動き、これがポンブの役割をして新鮮な血液が脳へ送られ、しかも適度な刺激が脳細胞を活性化させるので、 頭の回転がグッとスムーズになってくる、というわけです。咬むことは、「頭のジョギング」ともいえそうです。



咬むことを忘れた人間はどうなるか

「3匹の子ザルを、1匹は上下の歯すべてを抜歯、もう1匹は左側の上下を半分抜歯、残りの1匹は普通にして育ててみました。 すると、全部抜歯したサルは木に登れず、半分抜歯したサルは途中まで、歯に手をつけなかったサルだけが普通に登れました。 そこで脳を解剖してみると、全部抜歯したサルの脳はまったくの未発達、半分抜歯のサルは半分が未発達、 抜歯しなかったサルは正常に発達していました。この実験から“咬む”ことと“脳の発達”は、 何らかの因果関係があると考えていいでしょう」
これは、東京都日本橋の開業歯科医、松平邦夫先生のお話です。
いずれにしても、咬むことは、口の機能の発達だけでなく、全身の機能の発達にも関係が深いといえます。 咬むという運動に、このような様々な意義があるということは、 人間にとっても咬むことがいかに大切であるかを証明しているといえるでしょう。



咬める子どもを育てるために

都立母子保健病院の二木武院長は、「赤ちやんは、自然に咬めるようになるわけではありません。 生まれたときからお乳を吸う能力はありますが、咬む能力は、練習によって習得するものなのです。 しかも、その期間は7ヵ月からお誕生日ぐらいの間がピクで、 2歳、3歳になってもドロドロした軟らかいものばかりを食べさせていると、咬めない子どもに育ってしまいます。 咬めない子ども、咬むのが下手な子どもの多発は、一種の文明病です」と指摘しています。
 しかも、お母さんのお乳以外の新しい食べ物を口にし、咬み、それを味わうのは、子どもにとって最初の対外行動、 つまりチャレンジなのだそうです。咬むことによって食べ物の領域は広がり、咬む能力は、意欲、 さらには好奇心の旺盛さにもつながり、性格にも影響をおよぼすとのこと。つまり、咬む能力の健全な発達は、 人間形成の基礎ともなっているのです。

子どもの頭脳は、その80%が12歳までに完成してしまう、という事実をよく認識していただかなければなりません。 妊娠中はもとより、授乳期の食事、そして離乳食や幼児食がいかに大切なものであるかを、 十分に理解していただきたいと思います。そして、脳は、ほぼ3歳でおおよそ完成をみるのですから、 このあとになって、ああしておけばよかった、こうしておけばよかった、などといっても、もうどうにもならないのです。
咬む運動は、1歳6ヵ月ごろまでという、非常に早い時期にその基礎が完成されてしまいますので、 これを正常に機能させるためには、生まれた直後からの注意が必要となります。この時期における授乳法や離乳法も、 咬むことを含めて食べる行動に大きな影響を与えるのです。
最近、母乳で育てるお母さんが少なくなりましたが、これが日本人のあごを退化させている原因の1つでもあるようです。
哺乳ビンでは、吸う力が弱くても、いいかえればあごの上下の運動が少なくても飲めるために、 あごの発育を促進する刺敵が小さくなり、その発育が抑制されることになるといわれています。 できるだけ母乳で育てて、あごを発達させる基礎をつくってあげることが大切でしょう。
また、離乳食が必要な理由は、たんに栄養だけの問題ではなく、大事なことは咬む能力を獲得することだと考えたほうがよさそうです。 現在では、昔と違って赤ちやんの栄養問題は解決されているわけですから、栄養よりもむしろ離乳を通して咬むことを覚えさせていく、 ということが大切なのです。この時期に咬む練習を省いてしまうと、その後もずっと咬めない子どもになってしまいます。 離乳初期、中期、後期は、それぞれ「口唇食べ」、「舌食べ」、「歯ぐき食べ」というように進歩していき、 それに歯がはえると「歯食べ」となっていきます。だいたい2歳半ぐらいになると乳歯は完成をみます。 大切なことは、それぞれの状態に合った性状の食品を与えて、咬む能力を育ててあげることなのです。 歯食べの状態になったら、軟食の害を念頭に置いて、自然に咬む必要のあるものや、 咬んだほうがおいしくなるような食品を適度に組み合わせてあげてください。咬むことを覚えるための献立を考え、 できるかぎり市販の加工食品をそのままの形で与えないようにすることが大切です。咬まなくてもおいしい加工食品というのは、 老人や病人のためのものであって、けっして成長期にある子どもに与えるものではないはずです。
「健全な心身は、まず咬むことから」-以上の警告を発して、この章を終えたいと思います。




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